創業の地・ドイツでわかった、ケルヒャーの奥深い歴史と「清掃専業メーカー」であるという確信

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COLUMN

ケルヒャーは創業87年を迎える清掃機器専業メーカーです。ヨーロッパでは“高圧洗浄機で洗う=ケルヒャーする”という意味の動詞になるほどの知名度があります。ドイツ国内でも清掃専業ブランドとしての信頼度は高く、今では全世界約80カ国で展開するグローバル企業となりました。

ここでは家電スペシャリストの滝田勝紀氏が、シュトゥットガルト郊外ヴィネンデンにあるケルヒャー本社を訪問。過去のプロダクトなどが並ぶミュージアムなどを見学しながら、その歴史とともに、高い信頼度を得ている理由を探りました。

松脇 由典 先生
監修

滝田勝紀(たきた・まさき)
Beyondプロデューサー・家電スペシャリスト

電子雑誌「デジモノステーション」の元編集長。All Aboutの家電ガイドとして活動中。楽天のショッピングSNS「ROOM」の家電公式インフルエンサーを務め、フォロワー数は40万人(2021年3月現在)以上を抱える。ベルリンで毎年開催される世界最大の家電見本市「IFA」ほか、海外取材の経験も豊富。インテリアスタイリスト窪川勝哉氏とともに、オフィス兼「家電とインテリアのショールーム」をオープン。コンサルティングクリエイターとしても活躍中。

【ケルヒャーの歴史①】「暖気用ヒーター」から始まったケルヒャーのモノづくり

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現在、全世界約80カ国に約1万5千人が就労するドイツの清掃機器専業メーカー、ケルヒャーはメルセデス·ベンツやポルシェの故郷でもあるシュトゥットガルト郊外、ヴィネンデンに本社を構えています。

 

創設者であるアルフレッド·ケルヒャーは当初、シュトゥットガルトのバート·カンシュタットにあった父親の会社の代理店で働いたのち、1935年に独立。

 

ドイツの大手航空会社ルフトハンザ社から、飛行機のエンジン加熱のために必要な「暖気用ヒーター」を開発します。

 

また第二次世界大戦中、飛行機の凍った翼やドアを加熱し溶かすための「暖気用ヒーター」の需要が高まったことで会社も急成長。1939年には120人に従業員が増え、アルフレッドは新しい工場を、現在の拠点であるヴィネンデンに移しました。

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今回訪れた本社敷地内に残る煉瓦造りの建物は、1881年に製薬会社の工場として建設されたもの。当時はケルヒャーのメイン生産拠点でしたが、その一角がミュージアムとして使用され、歴史を振り返る展示と歴代の機械の数々が並んでいます。

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1939年6月1日、現在の本社であるヴィンネンデンに新工場を設立。第二次大戦が始まると、防衛産業に参入し、キャビンヒーター、ドイツ空軍の主翼や尾翼の除氷装置、小型エンジン用の「暖気用ヒーター」などを開発する。航空産業の発展に伴い、ケルヒャーの革新的な暖房技術への需要が高まった。

【ケルヒャーの歴史②】社の礎を築いたアルフレッド・ケルヒャーの半生

ミュージアムには創設者アルフレッド·ケルヒャーの直筆の文献も残っています。父親がエンジニアだったことから、アルフレッドも若い頃からテクノロジーやイノベーションに興味がありました。

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特に職業卒業試験では化学の成績が良く、数々の展示物からアルフレッドがデザインとサイエンスの両方向から研究熱心だったことが伺えます。

 

そして1949年、アルフレッドはのちにケルヒャーの発展に大きく貢献する人物、イレーネ·ヘルツォーグと結婚します。ふたりは当時から、社会的な問題に配慮しなければ安定した経済的成功はない、と考えていました。

 

1940年には貧しい従業員のための「アルフレッド·ケルヒャー支援金」を創設し、1943年から1948年にかけては従業員の子どもたちのクリスマスプレゼントに玩具を作るなど、温かい気遣いがあり、社会的な課題に対して献身的な取り組みが先んじて行われていたのです。

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そして1950年、アルフレッドはヨーロッパで初の「温水高圧洗浄機 KW350」を発表。直ちにケルヒャーの業績は世界中に知れ渡り、専門メーカーとして不動の地位を築き上げました。

 


しかし1959年、アルフレッドは心臓病で58歳という若さで急死を遂げます。

【ケルヒャーの歴史③】妻・イレーネの躍進とコーポレートカラーの誕生

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アルフレッドの死により、ふたりの子どもを残された妻·イレーネは、彼の意志を注いで会社経営を続ける決心をします。

 


もともとイレーネはメルセデス·ベンツで秘書の仕事をしていた経験もあり、経営者としてドイツ連邦共和国功労勲章を受章するなど、その才能を発揮。

 


「手押し車」「車両運搬用トレーラー」「農機具用」など、製品の種類も増え、60年代にはフランス、オーストリア、スイスにも市場を広げていきます。

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1950年、アルフレッド·ケルヒャーはヨーロッパ初の「温水高圧洗浄機DS 350」を開発。洗浄技術において画期的な進歩を遂げた。水を加熱する設計は非常に先進であり、特許も取得。同社にとってエポックメイキングな一台。

 

1960年代には合成樹脂が導入され、メタルよりも軽いボディが登場します。ここで“ファンクショナルブルー”というケルヒャーを象徴するコーポレートカラーが初めて生まれました。

 

また1970年代、ケルヒャーはさまざまなプロダクト販売で多角的に成功を納めていましたが、戦後最大の不況時にイレーネとマネージャーチームは、「プロフェッショナル専用高圧洗浄機」の販売に集中することを決めました。

 


その際、現在でもおなじみのコーポレートカラーである、“ケルヒャー·イエロー”が生み出されます。この成功により、生産はドイツ国内だけでなく、ブラジルなどにも移っていきました。

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そしてついに1984年より、一般の家庭でも利用できる「ポータブルクリーナー」の販売が始まります。

 

これまで業務用高圧洗浄機で得た国内、ヨーロッパでの信頼はさらに高まり、北米、アフリカ、オーストラリアなど16を超える支社が世界中に広がっていくこととなります。

【ケルヒャーの歴史④】“世界中をキレイにする”ケルヒャーの「洗浄」への取り組み

最後に、ケルヒャーが洗浄技術をいかして、これまで行ってきた貢献活動事業であるクリーニングプロジェクトを振り返ります。

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バチカンのサンピエトロ寺院(1998)、ドイツのブランデンブルク門(1990)、ケルン大聖堂(2021)など、ケルヒャーは世界各国にある歴史建造物や彫像の洗浄・再生をするクリーニングプロジェクトを行っています。

 

2020年にはフランス·パリのコンコルド広場の3300年前のエジプトのオベリスク洗浄を行いました。

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2012年には世界自然保護基金とともに、世界の発展途上国できれいな水を共有する「クリーン·ウオーター·プロジェクト」を始動。例えば、海洋ごみ削減のためのビーチ·クリーンアップ活動を行う環境団体「ワン·アース·オーシャン」に協力しています。

 


また、国内外での自然災害時のサポートとして安全な飲料水を供給する水処理プラントへの寄贈も行うなど、こうした社会貢献プロジェクトこそ、清掃専業メーカーとして深い専門知識のあるケルヒャーならではの取り組みになります。

ドイツ・ケルヒャー本社を訪れて…

家電スペシャリストの滝田勝紀氏も今回、シュトットガルト郊外にあるヴィネンデンの本社を訪れました。ミュージアムで歴史を取材した後、以下のようにケルヒャーの現在について話します。

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ドイツ本社開発部門をはじめとした部署が入るヴィネンデンのメインオフィス

会社を想い、ファミリーのように想われる従業員たちによって、ケルヒャーでは今もイノベーションが生まれています。ただ、目新しいものを作るだけではなく、製品作りのプロセスは非常に合理的な考え方に基づいている印象を受けましたね。

 


具体的に言うと、掃除をする際に生じる問題を解決するため開発チームがワークショップなどを開き、モニターなどを通して本当に必要とされるべき製品を知り、発売後であってもさらに改良を重ねながら、より良い製品を世の中に作り出していくプロセスが備わっています。

 


ケルヒャーは日本では高圧洗浄機のメーカーとしてよく知られています。

 


しかし、それはほんの一部分であり、掃除だけに留まらず、実は“空間全体をキレイにする”製品を開発するメーカーなのです。

 


それらは業務用、つまりプロユース視点から数多く開発されているのが特徴。今回訪れたロボット掃除機の開発棟などでは、擬似的なスーパーマーケットなどに使用される空間までも構築していました。

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2016年に作られたケルヒャー·エクスペリエンス·センター。

 

清掃機器専業メーカーとしてケルヒャーがこれまでどのようにアイデアを新製品に変えてきたかなど、細かく説明されている。

 

家庭用だけでなく業務用の機器も展示されているほか、これまで受賞したデザイン賞なども壁面に記される。

人が一切介在しなくても給排水まで実現する「ロボット掃除機」を開発するなど、“発売予定を遅らせてでも”清掃機器専業メーカーとして、納得できる製品として徹底的にこだわり、生み出しているのです。

 


さらに、清掃機器が使用する洗剤を作るための「開発専用棟」が本社敷地内に独立した形で存在するのは驚きました――。

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またデザイン面でも、ケルヒャーならではのこだわりが見えました。

 


それは“美しい”とか “ミニマル”なものだけが“デザインがいい”というだけではなく、「掃除」というどちらかといえば好まれない作業を、ケルヒャー製品はユーザーがなるべくストレスを感じないよう、楽にこなせるようデザインされた製品が揃っています。

 


そういうユーザーファーストな視点も評価され、数多くのデザイン賞を受賞しているのだと思います。

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またヴィネンデンから車で1時間半ほど走ったビュラータール工場では、フロアケアの『ウエット·クリーニング用プロダクト』などを生産しています。

 


オートメーション化の進んだこの工場では、今年からホームユース用のプロダクトの『ホワイトカラー』のボディの生産がスタートしていました。

 


2024年からは、ホームユース製品をケルヒャー·イエローではなく、順次『ホワイトカラー』に変更していくことも、人々が好む住空間へのデザインを重視していることの表れでしょう。

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一方、日本国内でもドイツ本社と連携した文化貢献事業として、数々のクリーニングプロジェクトが実施されています。

 


日本の主要国道の起点である『日本橋』を洗浄することで、「美しい風景を次世代に繋ぐ」といったケルヒャーの清掃·洗浄に対する取り組みは、世界中をクリーンにしています。

 


今回の貴重な体験で、その情熱と取り組みのすばらしさが体感できたドイツ本社取材の旅でした。

 

 

 

コーディネーション=浦江由美子

もっと、きれいに。もっと、美しく。 -Beautiful clean life-